劇団四季

 

もっと知る Learn More

テントから「シアター・イン・シアター」へ

「経済から文化へ」時代の転換期に産声をあげた『キャッツ』

1983年初演時の「キャッツシアター」。
西新宿のこのテントから、『キャッツ』の歴史は始まった。
撮影:山之上雅信

1983年。新宿西口のビル群の谷間に突如出現したテント。ここから『キャッツ』の歴史が始まりました。

「なぜ劇場じゃなかったの? テントということは、実験的な舞台だったってこと?」

なるほど、そう思うかも知れません。たしかに、当時の日本ではブロードウェイのメガミュージカルはほとんど上演されていませんでしたから、演劇界への大きな挑戦であったことは事実です。しかし、『キャッツ』初演が既存の劇場で行われなかった理由はまったく逆。それは、『キャッツ』のミュージカルとしてのスケールが大きすぎて、劇場では収まりきらなかったからなのです。

ミュージカル専用劇場がなかった当時、日本の演劇界では劇場を1カ月単位で借りて舞台を上演するのが通例でした。ひとつの舞台を上演するのは長くても3カ月。ロングランという概念すら存在せず、短期間で収益を上げるために自ずと製作費も限られます。
一方、ブロードウェイのメガミュージカルはロングランが前提とされているため、製作費もスケールも桁違い。この環境の違いが、日本でのメガミュージカル上演を不可能としてきました。高度経済成長を遂げ、経済水準は先進国の仲間入りを果たした日本。ところが、文化的水準はまだまだ追いついていなかったのです。

「経済中心の時代から文化重視の時代へ」――

1980年代前半。人々の知的好奇心は、その欲求を満たしてくれるだけの器を求めていました。そして、迎えた「1983年」。4月15日に東京ディズニーランド開園、7月15日にファミリーコンピューターが発売開始。時代のリクエストに応じるがごとく、次々と革命的なエンターテインメントが登場します。
この記念すべき年のラストを飾ったのが、11月11日、『キャッツ』の日本史上初となるロングランの開幕です!

圧倒的なスケールを誇る『キャッツ』上演のため、劇団四季は再開発の進む新宿の遊休地を利用して専用劇場の建設に着手します。専用劇場ならば、劇場の使用期限に縛られることなくロングランが可能となり、その分、製作費も十分にかけられる。これまで誰も挑戦してこなかった壮大なプロジェクトに、劇団は文字通り命運を賭けて挑みました。

誰も観たことのないスペクタクルな演出。“再生と復活”という普遍的なテーマ。これまで日本人がミュージカルに抱いていたイメージを根底から覆すような衝撃。

専用劇場「キャッツシアター」によって実現した『キャッツ』初演は、先進的な文化を欲していた人々の好奇心を刺激し、社会現象になるほどのブームを巻き起こしました。
それまで数万人規模だったミュージカル興行の限界を軽々と飛び越え、1年間のロングランで総入場者数は48万1000人!

こうして1983年11月11日は、『キャッツ』誕生の日であるとともに、日本のミュージカル界に新たな夜明けを告げる日となったのです。

演劇的感動の伝道師として全国のお客様のもとへ

1988年名古屋公演時の「キャッツシアター」。
撮影:山之上雅信

東京初演が千秋楽を迎えると、『キャッツ』は全国へと飛び出していきます。
1985年に開幕した大阪初演は、東京初演を上回る13カ月のロングランで48万7000人の動員を記録。さらに1992年のまでの約10年間で名古屋、福岡、札幌を巡り、ミュージカルの興奮と感動を日本全国へと届ける“伝道師”となりました。
東京以外でロングランが可能だったのは、もちろん「キャッツシアター」という専用劇場があったから。『キャッツ』という唯一無二の作品と「キャッツシアター」という器が合わさってこそ成し遂げられた、奇跡のロングランといえるでしょう。

漆黒の外壁に妖しく輝くキャッツアイ。印象的なデザインはそのままに、公演都市ごとに“猫目”のように姿形を変えていく「キャッツシアター」は、その街のランドマークとして人々に愛されました。
皆さんも劇場への道すがら、あの黒い独特の建物が見えてきた時の興奮は忘れられないのではないでしょうか。舞台だけでなく、劇場そのものが都市と文化を発展させていく。『キャッツ』はまさに「文化の東京一極集中の是正」という劇団四季の理念を体現する作品となったのです。

そして、この“伝道師”としての役目をさらに広めることができたのが、「シアター・イン・シアター」という技術の誕生です。
一から劇場を建設する「キャッツシアター」には、費用や立地の関係上、公演地が限られる制約がありました。しかし、“劇場の中に劇場を造る”この「シアター・イン・シアター」技術によって、四季の専用劇場以外の場所でも上演が可能となったのです。

2015年札幌公演時の「キャッツシアター」。
「シアター・イン・シアター」技術により、四季の専用劇場以外の場所でも上演が可能になった。

既存の公共ホールの客席内にトラスを組み上げることで、「キャッツワールド」を構築する。劇団四季が独自に開発した技術によって実現した静岡・広島・仙台の3都市でのロングランは、計10カ月で43万7000人を動員することに成功しました。

そして、さらに驚くべきは、この動員数が東京や大阪に匹敵する数字であったことです。これはブロードウェイやウエストエンドに文化が一極集中している海外では考えられないこと。つまり、『キャッツ』の新都市公演は、日本全国に舞台を愛する人々が多くいること、日本の文化的水準の高さを証明する舞台にもなったのでした。

30年を越える歴史の中で、日本演劇界を囲っていた数々の壁を打ち破り、全国に文化の花を開かせていった『キャッツ』と「キャッツシアター」。
これからも刺激と興奮と感動に満ちた舞台を皆様にお届けすべく、『キャッツ』の旅はまだまだ続いていきます。

関連コンテンツ

キャラクター Character

24匹の猫たち

ギャラリー Gallery

ギャラリー

ミュージカル『キャッツ』の原点に帰る

ミュージカル『キャッツ』の原点に帰る