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『ウィキッド』を生んだ巨匠たち

全米80都市以上を巡演し、ブロードウェイ初演から10年以上を経た今でも、世界中の人々から支持を集めているミュージカル『ウィキッド』。トニー賞3部門受賞に留まらず、グラミー賞ほか、数々の賞を受賞している『ウィキッド』を創り出したクリエイターたちの仕事に迫ります!

  • 原作 グレゴリー・マグワイア
  • 作詞・作曲 スティーヴン・シュワルツ
  • 装置 ユージーン・リー
  • 『ウィキッド』の生みの親 グレゴリー・マグワイア

    グレゴリー・マグワイアはニューヨーク州・オールバニに生まれました。ニューヨークとマサチューセッツの大学で英米文学の学位を取得し、1933年から1989年の間に書かれた子ども向けファンタジーの博士論文を書き、ボストンにあるシモンズ大学の教授として児童文学研究科の共同代表を務めるなど、児童文学の研究に力を注ぎました。

    ダブリン、マサチューセッツと住まいを転々とする中、『ウィキッド』の原作である『オズの魔女記』の構想が生まれたのはロンドンだったと言われています。1990年代にロンドンに住んでいたマグワイアは、湾岸戦争を報道した記事に触れ、何かしらの形でフセイン体制に対する政治的意見を表明する必要があると感じたといいます。
    しかしその記事を読んだ数ヵ月後にイギリスで起きた児童殺害事件に触れ、彼はその当時抱いていた独裁者への不満を一度捨てて、「悪の本質とは何か」という問題に関心を持つようになります。そして1995年、『ウィキッド』の原作『オズの魔女記』(Wicked: The Life and Times of the Wicked Witch of the West)を発表しました。
    その後、『オズの魔女記』は、『ウィキッド』の作詞・作曲を務めることになるスティーヴン・シュワルツに見出され、当時進行していたユニバーサルスタジオによる実写長編映画化の企画を押しのけて、ブロードウェイでの舞台化に漕ぎつけたのです。

    『ウィキッド』の製作に携わる中で、劇を作るには観客が満足するような、筋の通ったプロットが必要であることを痛感したといいます。小説からミュージカルへ―自分の作品が別のメディアへ生まれ変わる過程を見つめ、改めて芸術には大胆さと犠牲が伴うことを感じたマグワイアは、プロの劇作家たちに仕事を任せたことを幸せに感じているといいます。ブロードウェイの優秀なスタッフが結集して生まれた傑作『ウィキッド』は、原作者であるマグワイアを感動させるミュージカルとして完成し、2003年に公開されてから10年以上を経た今でも、世界中の人々に感動をお届けしているのです。

  • ブロードウェイの天才音楽家 スティーヴン・シュワルツ

    『ウィキッド』の作詞・作曲を務めたスティーヴン・シュワルツは、1948年3月6日にニューヨークで生まれました。高校時代にジュリアード音楽院でピアノと作曲を学び、1968年にカーネギーメロン大学を卒業しました。ニューヨークに戻るとすぐ、RCAレコードのプロデューサーとしての仕事に就きましたが、その後すぐにブロードウェイの劇場で仕事を始めました。ブロードウェイで初めてクレジットされた仕事は、1969年に発表されたレオナルド・ガーシュ原作の演劇、“Butterflies Are Free”のタイトル曲でした。このナンバーは最終的に1972年に公開された映画版でも採用されています。

    彼の名を一躍有名にしたのが現代のニューヨークにイエス・キリストが登場するという異色のロック・ミュージカル、『ゴッドスペル』(Godspell)でした。彼はこの作品の作詞・作曲を手がけ、グラミー賞2部門を受賞しています。
    その後、『ピピン』(Pippin)などでその名を轟かせ、『美女と野獣』や『リトルマーメイド』の作曲を担当し、劇団四季とも縁の深いアラン・メンケンと組んで、『ノートルダムの鐘』や『ポカホンタス』などのディズニー・アニメーションの作詞も手がけました。

    アカデミー賞、グラミー賞、トニー賞など数々の賞を獲得し、その名声を揺るがないものとしたシュワルツが2003年に出会ったのがグレゴリー・マグワイア作『オズの魔女記』でした。『オズの魔女記』の内容を友人から聞いたシュワルツは、原作を読む前にミュージカル化のための権利交渉を開始します。『オズの魔法使い』というよく知られている作品を違う視点から見て、少しひねって語るということに強い興味を抱いたのです。

    そして2003年10月30日、ブロードウェイのガーシュウィン劇場で開幕したミュージカル『ウィキッド』は新たなメガ・ミュージカルとしてその名を知られることになりました。2005年2月13日に、シュワルツは『ウィキッド』でグラミー賞最優秀ミュージカル・アルバム賞を受賞しています。
    2009年にシュワルツは、自身初となるオペラ『雨の午後の降霊祭』(Séance on a Wet Afternoon)の製作に挑み、さらにその活躍の幅を広げています。

  • 魔法の国を創り出した芸術家 ユージーン・リー

    リーは1939年、ウィスコンシン州のベロイトに生まれました。学生主導のプログラムに演劇を採用していることで有名なベロイト記念高等学校に通い、スティーヴン・シュワルツも所属していたカーネギーメロン大学に加え、シカゴ美術館、エール演劇学校など様々なところで美術の学位を取得しました。1967年からトリニティ・レパートリー・カンパニー(ロードアイランド州・プロビデンスにある劇場)の常任デザイナーとして活動しています。

    レナード・バーンスタイン作曲の『キャンディード』(Candide)、スティーヴン・ソンドハイム作詞作曲の『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』(Sweeney Todd: The Demon Barber of Fleet Street)でトニー賞最優秀装置デザイン賞を受賞。そして2003年に『ウィキッド』の舞台装置デザインを担当して同賞を獲得するなど、数々の輝かしい経歴を残しています。

    その才能は舞台芸術のみに留まらず、『キャンディード』でトニー賞を受賞した1974年、アメリカのバラエティ番組『サタデー・ナイト・ライブ』のプロダクションデザイナーを務めたことでも有名です。この番組は日本のバラエティ番組作りに大きな影響を与えたことで知られており、リーのデザイナーとしての間口の広さと技術の高さがうかがい知れます。
    2014年1月には彼の功績が讃えられ、USITT(United States Institute for Theatre Technology)から「Distinguished Achievement Award」が贈られました。USITTの舞台装置デザイン委員のひとり、ミシェル・ハーヴェイは、「ユージーン・リーのデザインワークやデザインに対するアプローチは、ただただ人を感動させる」という賛辞を贈っています。

    舞台装置は『ウィキッド』の魔法の世界を彩る重要な要素。それを生み出したリーの働きは、『ウィキッド』という作品にとっては必要不可欠なものなのです。

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