ミュージックナンバー

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"聖書×ロック"。『ジーザス』の特異な音楽性を一言で表すなら、この大胆不敵なコラボレーションに尽きます。
神の子として以上に、あくまでひとりの苦悩する男としてジーザス最後の7日間を描いたこの舞台に、ロックという反抗の象徴であり人間臭さ溢れる音楽ほどに似つかわしいものはないでしょう。
しかも、劇団四季バージョンは、原曲のメロディを生かしつつも日本特有の表現を加え、さらに味わい深いナンバーに仕上げています。ロックのスピリッツはそのままに、無駄を削ぎ落とし、静謐な美しさの中に肉体と魂が浮かび上がる『ジーザス』の名曲の数々。その一部をご紹介しましょう。

「序曲」

ローマ帝国、ユダヤ人領主、ユダヤ教祭司のそれぞれに3重の支配を受けて苦しむパレスチナのユダヤ人たち。逃げ場を探して渦巻く彼らの抑圧されたエネルギーを象徴するような不吉なイントロダクションが次第に躍動感を増していくと、突如として天を割って一条の光が差し込んだかのように転調。
そう、ジーザス・クライストの出現である。
しかし、果たして彼は本当に神の子なのか?神の子に祭り上げられた道化に過ぎないのではないか?
これから始まる愛と苦悩の物語のエッセンスが凝縮された珠玉のオーバチュア。

「狂信者シモン/哀れなエルサレム」

自らの命が絶える地と知りながら、エルサレムの都に入るジーザス。そんな彼の胸中など思いもよらず、群衆たちは「ホサナ=おお!救いたまえ!」と救世主の登場に欣喜雀躍する。その熱にうかされ「5万を超える人が叫んでいるのは愛!やがてその力で祖国を!とこしえの栄光と力を得たのです!」と絶叫する使徒のひとりシモン。新しい世界の到来を予感させるような力強い旋律。
しかし、ジーザスの心はまったく違った。一音一音、苦しみを押し殺すように紡がれていくメロディ。
「何が力か、何が栄光か、何ひとつわかってはいない。哀れエルサレム」そして、振り絞るようにして最後に置かれた1小節が、観客の胸に突き刺さる。
「死を越えて行くのには、死ぬほかはない・・・」

「今宵やすらかに/私はイエスがわからない」

ジーザスの苦悩する心を、唯一直感的に理解しているマグダラのマリア。ひとりの青年としてジーザスを愛するマリアだが、それでも彼を逃れられない運命から解放する術を知らず、彼女もまた悩み苦しむ。 「私にはわからない どうしてあげたらいいか」
「堕落させようか、声かぎりこの想い叫ぼうか」
「男も女も愛したことさえないわ それなのにどうして? あの人が可愛い」
マリアが生身の女性としての心情を吐露すればするほど、その対としてジーザスの生身の男性としての存在が露になっていく。これより最後の晩餐を迎え、過酷な運命と対峙しなくてはならないジーザスにとって、唯一の安らぎとなるドラマティックなバラードナンバー。

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