『ノートルダムの鐘』メディアの反響

心に響く平和への祈り 祐成 秀樹氏読売新聞(夕刊)
2017年1月10日掲載

15世紀、ノートルダム大聖堂などパリを舞台に美女エスメラルダを巡る愛憎を描く、ディズニー制作のミュージカルだ。原作は文豪ユゴーの傑作小説。同名のアニメが下敷きだが、骨太な人間ドラマに仕上げた。

聖堂の鐘突き男カジモドは醜さのため、おじの聖職者フロローから塔外に出ることを禁じられていた。だが、自由に憧れ、祭りの日に町中に飛び出し、窮地をエスメラルダに救われる。
カジモドは外見で差別しない彼女を愛するが、フロローは邪悪な欲望を抱く。さらに誠実な警備隊長フィーバスも思いを寄せる。

彼らが暮らすのは残酷な社会。他者への不寛容、差別や暴力がはびこり、どこか昨今の世界とだぶる。そんな重苦しい空気の中、宿命に抗(あらが)うカジモドのドラマを感情に訴え、想像力を刺激する演出で見せた。

舞台上は聖堂内部を模したセット。舞台転換は行わず、装置の移動で情景をイメージさせる。作品の軸は、名匠アラン・メンケンの手掛けた宗教曲風の音楽だ。
聖歌隊を配置し、澄んだ声によるラテン語の歌を人々の愚行と対置する。俳優陣も演じたり合唱に加わったりして、壮麗な歌で物語を多彩な感情で彩った。

また、登場人物の造形も深い。例えばフロローは単なる冷血漢でない。冒頭、過去の彼がカジモドの出生を巡って奔走した挿話を見せることで何が彼を変えてしまったかを考えさせる。

演技力、歌唱力にチームワークも要する高度な舞台だが、あらゆる点が十分な水準に達しており、込められた平和への祈りが心に響く。劇団の勢いと充実を感じる。カジモド役を交互に演じる海宝直人、飯田達郎らも好演。演出はスコット・シュワルツ。

2017年(平成29年)1月10日(火曜日)読売新聞(夕刊)紙面

あふれる演劇の魅力 演劇評論家 小藤田 千栄子氏日本経済新聞(夕刊)
2016年12月21日掲載

原作は、いうまでもなくヴィクトル・ユーゴーの「ノートルダム・ド・パリ」。小説はもちろんのこと、いくつもの映画版で知られた作品だ。これがミュージカルになり、ブロードウェイよりも先に日本で上演されている。

ミュージカル版の原作となっているのは、1996年の、同名のディズニー・アニメ。だがアニメ原作でも、これまでの「美女と野獣」や「ライオンキング」とは、ずいぶん異なる作りになっている。原作アニメの見せ方の工夫が、深い演劇性と結びついているのだ。

舞台裏の両サイドにクワイア(聖歌隊)を配置して、物語全体を進めていく。主人公のカジモド誕生のいきさつから見せたのだが、このミュージカルの特徴のひとつであり、長じてノートルダム大聖堂に住みついたいきさつなども分かりやすく説明されている。

作曲は「美女と野獣」のアラン・メンケン。演出はスコット・シュワルツで、この人は新人だが、日本ではすでに「マーダー・フォー・トゥ」という2人ミュージカルが上演されている。なかなかの才人とみた。

スケール感は、ノートルダムの「鐘」の見せ方に現れる。ここぞというときのうまさ。なかなかの迫力だ。

だが何より魅力は、劇団四季の俳優たちの歌唱力だ。所見の11日は全体をリードするノートルダムの大助祭(芝 清道)をはじめとして、舞台上で着替えて役に扮(ふん)するカジモド(海宝直人)など、演劇の魅力にあふれている。

ヒロインのエスメラルダとのからみを見ていると、原作者が序文に記した「宿命」という言葉が浮かび上がってくるのだった。四季劇場[秋]でロングラン上演中。

2016年(平成28年)12月21日(水曜日)日本経済新聞(夕刊)紙面

現代の不寛容に「ノー」 演劇評論家 萩尾 瞳氏東京新聞(夕刊)
2016年12月20日掲載

世界中にはびこる不寛容に「ノー」を突きつける。そんな硬派なテーマを提示する舞台だ。「ノートルダムの鐘」は、ディズニーが製作し劇団四季が上演してきた一連のアニメ原作ミュージカルの新作。楽曲(アラン・メンケン作曲、スティーヴン・シュワルツ作詞)もアニメ版(一九九六年)がベースではある。けれど、ヴィクトル・ユゴーの原作に立ち戻って作られたこれは、ドラマもテーマもアニメ版とは異なる、鮮烈で現代的な作品となっている。

十五世紀末のパリ。ノートルダム大聖堂の鐘突きカジモド(海宝直人、飯田達郎の交互出演)は生まれつきの異形で、聖職者フロロー(芝 清道)に支配されている。祭りの日初めて命令に背き町に出た彼は、ジプシーの踊り子エスメラルダ(岡村美南)と出会い、自我に目覚めていく。

冒頭、清々(すがすが)しく登場した青年が、顔を汚すと同時にぐにゃりとからだを曲げ、異形のカジモドに変貌する。美から醜へ、尋常から特異へ、人が一瞬で別物へと変わる演出(スコット・シュワルツ)が刺激的だ。表も裏も見方次第、差別を生む境界線など実はないのだと示唆するのである。ラスト近くの曲「いつか」がフェアで優しい未来への希望をつないで、切なく響く。

聖歌隊の歌声が物語を運び、カジモドの心の声を聖像たちが代弁する仕かけも面白い。海宝は、確かな歌唱と伸びやかな演技が魅力。飯田は、誠実な演技でカジモドの哀(かな)しみを見せる。

ピーター・パーネル台本、高橋知伽江日本語台本・訳詞。

2016年(平成28年)12月20日(火曜日)東京新聞(夕刊)紙面

究極の愛を描く「ノートルダムの鐘」今年のベスト1 林 尚之氏nikkansports.com(ニッカンスポーツコム)
2016年12月16日掲載

年末になって、これぞ、今年のベスト1と言えるミュージカルに出会った。
11日に東京・四季劇場「秋」で幕を開けた「ノートルダムの鐘」。フランスの文豪ビクトル・ユゴーの名作をもとに96年に公開された同名アニメ映画のミュージカル版。容姿の醜さゆえに大聖堂に隠れ住む鐘つき男カジモド、彼を守る野心家の聖職者フロロー、戦場帰りの警備隊長フィーバス、3人に思いを寄せられる放浪の民の美しきエスメラルダとの愛憎を描いている。

「美女と野獣」「ライオンキング」など過去のディズニー作品は、子供も楽しめるハッピーエンドが定番だった。しかし、「ノートルダムの鐘」は違う。
エスメラルダに狂い、聖職者の仮面を脱ぎ捨てモンスター化するフロロー、人間としてのプライドを守り、最後まで毅然(きぜん)としたエスメラルダ、守護者であるフロローと愛するエスメラルダとの間にあって戸惑い、最後は愛を貫くカジモド、愛の力で再生するフィーバスと、4人のキャラクターが絡み合いながら、ほろ苦さが残るラストまで、舞台は一気に疾走する。

「ノートルダムの鐘」は米国内で上演されたが、ブロードウェーでの上演予定はない。アンハッピーな結末、現代の難民、不法移民に通じる放浪の民というマイノリティーに対する偏見や不寛容の危うさを突くメッセージ性など、ファミリー層に受ける内容ではないことがネックになったと思われる。
しかし、劇団四季は上演に踏み切った。作品が持つ文学性、ミュージカルとしての質の高さを評価し、ファミリー層は取り込めないかもしれないが、大人の観客は見てくれると信じた。実際、来年6月までの公演のチケットの約9割が売れており、最終的には完売するだろう。

来日時に取材に応じたアラン・メンケン氏。(撮影:上原タカシ)来日時に取材に応じたアラン・メンケン氏。
(撮影:上原タカシ)

音楽を担ったアラン・メンケンが来日し、会見で語った言葉が印象的だった。
「美女と野獣」「アラジン」「リトルマーメイド」を作曲し、米アカデミー賞を8回も受賞したメンケンは「今まで関わったミュージカルの中で、最も野心的な作品。今の形に満足しているし、誇りに思っている」。
百戦錬磨のメンケンにとっても特別な作品だった。さらに「不幸なことに、タイムリーな作品になっている。マイノリティーへの偏見は間違っている。フロローがエスメラルダに罪をかぶせて、憎しみを広めたように、フェイク・ニュースが日常的に流されている。我々クリエイターも、マスコミも、観客も責任あるメッセージを伝えていくことが大切です」と訴えた。
不寛容なポピュリズムが世界中にまん延する中、メンケンの作曲家としての答えは「ノートルダムの鐘」の舞台にある。

関連コンテンツ

はじめに Introduction

はじめに

ストーリー Story

ストーリー

ギャラリー

ギャラリー