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『パリのアメリカ人』
ダンスナンバー解説

ミュージカル『パリのアメリカ人』の見どころのひとつは、歌とあわせて登場人物の人生をさらに鮮明に描き出す“ダンス”。
バレエやタップダンスなど、さまざまなダンススタイルで紡がれる数々のナンバーをひも解いてみると、そこには深い物語が……。バレエ評論家・守山実花さんがわかりやすく解説!

協奏曲ヘ長調 Concerto in F

第二次世界大戦直後の
パリを描いたオープニング

混沌としたパリの街、戦争の傷跡と、それでも踏み出そうとする人々の姿が多彩なダンススタイルで視覚的に表現されていく。

パンの配給の列では、重心を低くしたうなだれた姿勢に空腹感や絶望感が現れている(写真1)

駅では抱擁とリフトで再会の喜びを全身で表すカップルたち。
一組のカップルによる短いパ・ド・ドゥ(バレエにおける男女2人の踊り)は、リフトの連続。静止したリフトではなく男女双方に動きがあり、男性は流れをとめずに女性をリードし、サポートしなければならない。
ジェリーとリズの恋への憧れを象徴するだけでなく、二人の運命の予告でもある大事なパ・ド・ドゥなのでお見逃しなく(写真2)

ビギナーズ・ラック I’ve Got Beginner’s Luck

歌と踊りで魅せるビッグナンバー

自分を追いかけて職場に現れたジェリーを最初は受け入れられないリズだが、いつしか自然に笑顔となり、本来の明るい彼女を少しずつ取り戻していく。

傘を手に踊るのは映画「巴里のアメリカ人」でジェリーを演じたジーン・ケリーの代表作「雨に唄えば」へのオマージュだろうか(写真3)
「モノとのダンス」は、ケリーやフレッド・アステアのミュージカル作品でお馴染み。ここではショーケースを用いることで、空間を縦横にダイナミックに使ったダンスが実現されていく。

フロアマネージャー、客、警備員を巻き込んでの明るく開放的なダンスナンバー。
周囲の人を巻き込んでいくジェリーのキャラクターがダンスに反映され、いつの間にか全員にワクワクする高揚感が拡がっている。
つま先まで意識の通ったステップと表情豊かな上半身のコンビネーション、リズの気持ちをアップさせていくダンスを楽しみたい(写真4)

ライザ Lisa

恋の喜びに満ちたパ・ド・ドゥ

リズを誘うように踊りだすジェリー。軽やかなジャンプや回転がウキウキする心を鮮やかに描き出す。
ジェリーの呼吸、リズム、自由で開放的なステップに呼応するようにリズの身体もリラックスしていくのがわかる。

ジェリーにリードされて踊っていたリズだが、やがて彼女の中から動きがわきあがり、大胆でダイナミックなダンスへと変化。
バレリーナのリズが、アメリカ人のジェリーのダンスに誘われて大胆なダンスを踊ることで、彼女の中に眠っていた本当の姿「気が強くて幸せでクレイジーな娘」になったことがよくわかる。

ラプソディ・バレエ Second Rhapsody

物語が目まぐるしく動く1幕ラスト

「ライザ」と同じセーヌ川沿いを舞台に、より身体を密着させた情熱的なデュエットが踊られる。
後半、ジェリーがリズに追いすがる振付は、物語バレエの傑作、ジョン・クランコ作『オネーギン』に登場する。男性が床に膝をついたまま去っていく女性にすがり前に進むことで、男性の切ない心情と、愛しながらもすべてを断ち切ろうとする女性の葛藤を見てとることができる(写真5)

その後に踊られるジェリーのソロは、やり場のない苛立ちを表現するもの。
ダイナミックなテクニックの中に、明るいジェリーとは異なる男性としての強さや葛藤を読み取りたい(写真6)

パラダイスへの階段 I’ll Build a Stairway to Paradise

客席の喝采を博す輝かしきレビューショー

アンリの空想の世界で展開する、ラジオシティ・ミュージックホール公演さながらのナンバー。

女性ダンサーたちのしなやかな四肢は羽のように軽やかで、男性ダンサーたちの佇まい、燕尾服の着こなしは端正だ。床を踏むタップと、身体を常に引き上げ、上へのベクトルを意識して踊られるバレエは相反するようだが、ウィールドンはバレエとタップの融合はお手の物。ウィールドンはダンサーに肘の高さや角度はもちろん、ステップを踏んでいるときの踵の位置など、細部まで緻密にコントロールすることを求めており、それがクラシカルな雰囲気や全体の統一感を実現している。

パリのアメリカ人 An American in Paris

2幕終盤、
恋の情熱が昇華する圧巻のダンスナンバー

映画版のバレエシーンはフランス絵画とダンスの融合だが、このシーンでは抽象画とダンスが結びついている。また振付には、抽象バレエを極め新しいバレエを生み出した“ミスターB”ことジョージ・バランシンのテイストも感じられる。肘を高い位置でホールドしたまま緩やかに曲げた独特の腕使いは、全編を通じて反復されるもの(写真7)

ジェリーとリズのパ・ド・ドゥは黒い衣裳。2人が情熱を分かち合うように踊る。
リズをサポートするジェリーの手には愛情と欲望が込められており、リズは理性や慎み深さから解放され、時にジェリーを誘うように踊る。
多様なパターンで展開されるリフト、回転や跳躍に加えて、ガーシュウィンの音楽が持つニュアンスを身体で表現しなければならず、テクニックだけでなく、音楽を身体で表現する力が求められるパ・ド・ドゥとなっている(写真8)

守山実花さん

バレエ評論家。作品解説、インタビュー記事、公演評などを執筆。現在は尚美学園大学非常勤講師。清泉女子大学生涯学習講座ラファエラアカデミアにおいてバレエ鑑賞講座を担当。「バレエDVDコレクション」監修・著(ディアゴスティーニ・ジャパン)、「新国立劇場バレエ団オフィシャルDVD BOOKS(最新バレエ名作選)」作品解説ほか。

※本ページは、「四季の会」会報誌「ラ・アルプ」2019年3月号に掲載された記事を一部抜粋したものです。