『バケモノの子』クリエイターに聞く  その2

人間たちが行き交う渋谷とバケモノたちが暮らす渋天街を舞台に展開する
壮大なエンターテインメントの舞台裏とは。
開幕前、創作の最中に行われたインタビューをお届けします。

※記事は「四季の会」会報誌「ラ・アルプ」2022年2月号に掲載されたものです

ミュージカル『バケモノの子』の創作オファーを受けて、どう思われましたか?

太田 雅公さん

太田:最初にこの企画を聞いた時、劇団四季と「バケモノの子」の組み合わせが、僕はちょっと意外な気がしたんです。ところが映画を観てみると、なるほど!と思うことが隠されていて。愛だったり、心の成長みたいなものがすごく描かれているなと思いました。人が生きていく上で大切な部分をちゃんと守り続けているのが、"人間界"よりもむしろ"バケモノの世界"のように感じられて。現代人が忘れかけた大切なものを捉えたこの作品で、劇団四季が新たな挑戦をされようとしていることに感銘を受けたというか。そこに惹かれて今創作に励んでいます。

石原:僕は細田監督作品が好きで全部観ていましたが、映像ならではの表現がいっぱいあるんです。それを舞台化するというところに、新しさと可能性をすごく感じました。普段は舞台装置をシアトリカルに抽象化する手法が得意なのですが、映画とは全く違うミュージカル作品としてシアトリカルにやるべきか、あるいは原作の匂いを残して細部まで舞台に表現するかの選択に時間がかかりましたね。ミュージカル作品の装置デザインを考える時、僕は音楽から入るんです。海外作品と違って楽曲が初めからないため、今回は映画のサントラを聴きながらイメージしたものを演出の青木豪さんに確認しつつ、太田さんの衣裳デザインを見ながら、どちらの方向にいくかを決めていきました。

太田:ミュージカルとして何を見せていくべきかは僕も悩んだところです。映画の中でなぜこういう人物設計がされているのか、美術にどんな意味があるのかを読み解くのが重要で。そこに作品の考え方があるはずで、それを知った上で舞台にどう落とし込めるか。映画の衣服は、素材の柄や質感よりも、キャラクターをしっかり見せるスタイル。舞台化する上で、衣裳によってそのキャラクター、人物像が立っていくところまで探りたいと思って取り組んでいます。

渋谷と渋天街の世界が交錯する物語。二つの世界が舞台上でどう表現されるか、期待が高まります。

石原 敬さん

石原:二つは完全に別世界ではなくて、もともとは、渋谷は"渋天街"のようだったのかなと思うんです。鏡の表と裏のような。ビジュアル的にはバケモノの世界は色彩豊かで人間味があって、一方、渋谷はそれとは対照的なイメージが良いかと考えていたら、太田さんの衣裳も同じだと聞いて、すごく安心しました。

太田:二つの世界について僕も石原さんと同じように捉えていたので。今の渋谷に行くと、現代人が創り上げたバベルの塔のような印象がある。バケモノの世界には、昔がそうだったように、人間臭さが混じり込んでいる感じがしました。そこで衣裳は素材をオリジナルから作ったり、布を全部洗い込んで手染めしたり。そこからまた、布を割いて編み込んだり、という作業を繰り返しています。そうやって人の手で作られていることは100%は伝わらないかもしれませんが......。舞台上では逆に渋谷の衣裳は、より人工的で既製的なものを意識していますね。

舞台美術のコンセプトアートでは、青が基調になっていますね。

"渋天街"舞台セット コンセプトアート

石原:細田監督作品はどれも青い空が印象的ですよね。「バケモノの子」もそうなので、最初の段階から青のイメージはありました。当初かなりビビッドな青にしていたのですが、太田さんの衣裳の生地を見せてもらった時に、舞台装置の色彩表現が強すぎると感じて、俳優を引き立たせるような色味に調整中です。

太田:色は難しいですよね。渋天街は無国籍だけれど、モロッコとかインドなどいろいろな国の街を調べられた上で、あの乾いた世界観を作られているようなんです。とはいえ陽に焼けたような色味の衣裳にしてしまうと舞台装置も華やかにできなくなりますし、かといって人を派手にすると土地感が出ない。劇場で照明を当てた時に、落ちたりくすんだりして見える可能性もあるのでどう対処していくか。石原さんも意識されているところでは?

石原:難しいところですよね。この作品ではすごく大事なパートなので。時間をかけていきたいですね。

太田:難しいといえば、動物の顔をリアルにするのかキャラクター性を豊かにするのかのバランスもそう。ただ、オリジナルですベてゼロから作っているので、劇団四季だからこそできる、というところに到達するまで何度も試作を重ねています。

お二人にとっては、初の劇団四季での創作でもありますね。

石原:ミュージカルを創る上で、これだけの環境が整ったところは日本には他にないですよね。場所という意味でだけでなく、ものを創る人が育っている、そのシステムが出来ているので。それが一番ありがたいですし、時間をかけて作品を創る感覚が皆さんあって。

太田:スタッフの方たちの並々ならぬ情熱を感じますよね。そんなところまでこだわるのか!とびっくりするくらい(笑)。それを引き出して、新たな、四季でしかできないクリエーションができたら。劇場という空間で、四季の俳優とクリエイターたち、それを支えるスタッフが原作映画と現実に立ち向かっていますから、魅力的な作品が目の前に現れるのを楽しみにしていてください。

石原:長く残る、愛される作品にしたいですよね。それくらいの規模、力ある作品には確実になっていると思います。


  • 石原 敬(いしはらけい):BLANk Research and Development INC.代表。1990年に渡米。94年New York School of Visual ArtsのFine Arts学科を経て、Illustration/Commercial Arts学科を卒業。コマーシャルデザイナーとしての活動と並行して、2008年より舞台美術家としての活動を開始。1999年にAmerican Illustration広告部門特別賞を、また2011年度伊藤熹朔賞新人賞を受賞。演劇、ミュージカル、コンサート、ダンス、イベントなど幅広い分野で活動。2019年よりBLANk Research and Development INC.設立。作品に『MOJO』(青木豪演出)、『マシーン日記』(大根仁演出)、『Reframe2019-2020』『Perfume WORLD TOUR 4th FUTURE POP』(MIKIKO演出)、『コメディ・トゥナイト!』(宮本亜門演出)、『ジェイミー』(ジェフリー・ペイジ演出)、『ジャック・ザ ・リッパー』(白井晃演出)、『近松心中物語』(長塚圭史演出)など他多数。
  • 太田 雅公(おおたまさとも):鈴木清順監督の映画や資生堂CM、広告の衣裳デザインに携わり舞台の仕事を始める。武蔵野美術大学教授。国内外のオペラや演劇の衣裳、テキスタイル、ヘア・メイクのデザインなど担当。「TEA: A Mirror of Soul」(作曲:タン・ドゥン/米国・サンタフェオペラ)、「Lady Sarashina」(作曲:エトヴェシュ・ペーテル/フランス・リヨン国立歌劇場)、「Die Zauberflöte・魔笛」(オーストリア・リンツ州立劇場)など、数多くのデザインを手掛けている。

取材・文= 宇田夏苗

宇田夏苗(うだかなえ):フリーライター。城西国際大学メディア学部専任講師。映画会社で邦・洋画の宣伝に携わったのち渡米。約8年のNY滞在中にフリーで活動を始め、帰国後はミュージカルを中心としたインタビューのほか、舞台プログラムの編集を手がける。共著に「50歳から楽しむニューヨーク散歩」(小学館)。