舞台は1947年、パリの下町。
まじめだけがとりえのデュティユルは、郵政省のクレーム処理係として平凡な毎日を送っていました。
今日も一日中タイプライターに向かい、バカていねいにクレームの返事を書く彼を横目に、なまけ者の同僚たちはあきれ顔。定時の5時きっかりにデュティユルを残して職場を後にします。
派手さも冒険もない、平凡な人生。趣味も切手集めとバラの手入れという、ささやかなもの。少しむなしいけれど、デュティユルは静かでのんびりしたこの暮らしを、それなりに気に入っていました。
仕事を終え、陽気な隣人たちとすれ違いながら部屋の前にたどり着いたときには、すっかり日が落ちていました。
ちょうどその時です。突然の停電で、廊下が暗闇に覆われてしまいます。
いつものことだと、うんざりするデュティユル。しかし、驚いたのは明かりが点いたときでした。廊下にいたはずの自分が、なぜか部屋の中に立っているのです。
混乱している間に再び停電が。そしてもう一度明かりが点くと、今度はもとの廊下に立っていました。これは一体、どうしたことでしょう!?
デュティユルは、気が狂ったのだと思い込んで精神科医のもとに駆け込みます。
しかし、壁を抜けて入ってきた彼を見たアル中の医者は、驚きもせずに長々しい病名を告げ、「壁を通り抜けることに疲れたら、これを飲めばいい」と薬を差し出します。
そして、「女にだけは気をつけろ。本気で惚れたら壁から抜けられなくなる」と忠告するのでした。
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