もっと知る

『オペラ座の怪人』の軌跡

「ガルニエ宮」と呼ばれる当代一の絢爛豪華な歌劇場。
その地下に棲む"怪人"が繰り広げる罪深き愛と憎しみの狂想曲。
世界で1億人以上が観たといわれる傑作ミュージカルが日本で築いた歴史、そして、俳優たちが今だから語る舞台への想いなど、その魅力をたっぷりとお届けします。

1986年、20世紀初頭のフランスで生まれた一編の怪奇小説が、ミュージカル音楽界の巨匠アンドリュー・ロイド=ウェバーの手によって新しい生命を授かりました。
愛と憎しみが交錯する流麗で重厚な唯一無二の舞台、『オペラ座の怪人』。

現在も上演が続くロンドンのハー・マジェスティズ劇場で初演を迎えた本作は、オリビエ賞をはじめとするイギリスの主要な演劇賞を総なめにし、ミュージカル界に衝撃を走らせました。

満を持してブロードウェイに上陸したのは、2年後の1988年。期待と興奮に膨れ上がったミュージカルの聖地で、『オペラ座の怪人』は1800万ドルという空前絶後の前売り収入を記録します。

さらに、2006年には当時『キャッツ』が保持していたロングラン記録(7485回)を塗り替えるという歴史的快挙を成し遂げると、2010年10月にはロンドンで、2012年2月にはニューヨークでそれぞれ上演1万回を達成し、今もなお"ブロードウェイ史上最長ロングラン作品"として記録を更新し続けています。

ロンドン初演以来、この舞台が上演された国は実に世界30カ国・151都市。入場者数は1億4000万人を超えるとも言われています。
ミュージカルの歴史を紐解いても、名実ともに「もっとも有名なミュージカル」といって差し支えないでしょう。
その『オペラ座の怪人』が日本で初演されたのは、ブロードウェイ初演と同じ年の1988年。イギリス、アメリカに次ぐ、世界3番目の上演国として歴史に名を連ねることになりました。

しかし、この日本初演は、一筋縄ではいかない壮大な仕事でした。
というのも、当時はまだ日本演劇界に"ロングラン"という概念すらなかった時代。劇場のスケジュールを1カ月単位で分割し、長くとも2・3カ月で演目を変えていくシステムで成り立っていました。
一方、『オペラ座の怪人』ほどスケールの大きな作品は、長期間の準備と莫大な費用を要するため、上演するにはロングランが不可欠なのです。
劇団四季は1983年に『キャッツ』のロングランを達成していましたが、それもテント型の劇場という条件が合ってこそ。既存の劇場を使用したロングランは、前例のない日本演劇界未踏の地だったのです。

それまでの常識では極めて難しい『オペラ座の怪人』の日本での上演。
しかし、劇団四季は、その常識をも覆します。

関連コンテンツ

出演俳優 一問一答インタビュー

出演俳優 一問一答インタビュー

アンドリュー・ロイド=ウェバー氏 インタビュー

アンドリュー・ロイド=ウェバー氏 インタビュー

『オペラ座の怪人』を生んだ匠たち その1

『オペラ座の怪人』を生んだ匠たち その1