特別対談 原作者・藤田和日郎さん×野木亜紀子さん(脚本家)

5月6日の開幕にむけ、創作が進んでいる最新オリジナルミュージカル『ゴースト&レディ』。
今回は原作者で漫画家の藤田和日郎さんと、ドラマ「アンナチュラル」「MIU404」など
数々のヒット作を手掛ける脚本家・野木亜紀子さんの特別対談が実現。
創作活動の最前線で活躍するお二人の熱いトークをお楽しみください。
※2023年11月 講談社にて取材

※記事は「四季の会」会報誌「ラ・アルプ」2024年2月号に掲載されたものです

脚本は極力シンプルに

野木亜紀子さん

野木

私、藤田先生の「うしおととら」と「からくりサーカス」と短編集のコミックスを持っているんです。今回対談のお話をいただいて、先生にお会いしてみたいなとミーハーな感じで引き受けさせていただきました。先生の作品ってオカルトと熱血の取り合わせ、しかもアクション漫画っていうのが独特で。怖いところは、本当に怖いんですよ。でも怖いだけじゃない面白さで、読み進められちゃいます。どれもヒューマンな作品でグッとくるんですよね。あと、いろんなキャラクターの勇気や強さが描かれているなといつも思っています。

藤田

ありがとうございます! 自分もね、野木さんと対談するってなった時、ビックリしたんですよ。「重版出来! (松田奈緒子原作)」とか野木さんの作品、いっぱい見ていたんで。漫画や小説など原作のあるもの、読者もファンもいてってものを面白い脚本に置き換える。普通の人は「それが仕事なんだから当たり前じゃん」って見るだろうけど、作家の自分からしたら全然当たり前じゃないです。置き換えの時に注意というか、どれだけの才能が発揮されているのかが作品を通して伝わってくるので。今日はね、その達人に話が伺えると楽しみにしてきたんです。さっそく伺いたいのが、漫画を映像化する際、原作に忠実にと考えているのか、新しくオリジナルなものと考えているのかというところです。

野木

両方ありますね。やっぱり原作あってのものなので、できることなら原作の要素だけでやりたい。ただ、連続ドラマだとそうはいかなくて。例えば「重版出来!」のように群像劇の雰囲気をより各キャラクターに合わせて強めたいって時、もとの漫画でそんなに描かれていないキャラの回を作らないととなったら......。

藤田

(キャラクターやエピソードを)太らせるんですか?

野木

そう、原作の設定を守りつつ、はみ出さないギリギリのところを狙って埋めていくというか。こっちで作るしかない時があります。

藤田和日郎さん(撮影=平瀬隆廣)

藤田

はみ出さないギリギリを狙う――それが達人なんですよね。置き換えた先で不協和音を生まず、うまくやっているのはすごいと思いますね。さっき自分の作品をグッとくるとおっしゃってくれたけど、野木さんの作品もですよね?

野木

そうですかね。ただ、漫画と実写の違いだと思うんですが、実写でみんながみんなグッとくるのを狙っちゃうと胸やけするんですよ。

藤田

あ、そうか、クドくなっちゃうんですね。

野木

だからというか、後々役者の演技だったり演出だったり音楽だったりが乗っかってくるのを想定し、脚本はあえて引いていきます。実写って人間が演じるから情報量が多いんです。感情をセリフで喋らせなくても役者の身体で表現できてしまいますし。さらにセリフまで乗せると多牌ターハイというか、「そこまで言わなくても分かるのに」というのが積み重なって二重三重に「濃い!」みたいな。スマートさからかけ離れていってしまうんです。最小限にシンプルな表現が強いと私は思うんですよね。

藤田

なるほど~。今、この10年で一番役に立つ話を伺いました。

野木

ほんとですか? (笑)

原作漫画をどう感じ取るか

野木

でもここまでの話、『ゴースト&レディ』の舞台を作っている人たちが聞いたら恐怖するやつですよね(笑)。今回、劇団四季のミュージカルになるというのを聞いたうえで「黒博物館 ゴーストアンドレディ」を読んだんですが、四季さん、本当にいいところに目をつけたなと。だって劇場に取りついている幽霊の話ってだけで舞台でやりたくなるじゃないですか。それに看護の改革やクリミア戦争で知られるナイチンゲールの物語もいろんな要素がてんこ盛り。今から完成が楽しみです。ただ、入れ子構造になっていて、最後ものすごい伏線回収もある。もとの構成がきっちりしているぶん、上演時間に合わせてどうきれいに短くするのか......。作る人は結構大変だろうなと思います。

原作コミックス「黒博物館 ゴーストアンドレディ」
(2014~15年/講談社「モーニング」)
@藤田和日郎/講談社

藤田

脚本の高橋知伽江さん、大変そうでした。

野木

ですよね? ナイチンゲールといえば、藤田先生の漫画では女性がみんな強くてカッコいいですよね。でも今回特に気を遣って描いているなと思いました。私の勝手な感想ですけど、自分の身も顧みず危険に飛び込んで、奉仕するナイチンゲールを主人公にするにあたって、聖女になりすぎないようにしてるなと。

藤田

女性が清らかだったらダメ、聖女だったらダメというわけではないのですが、それだけを描いたら物語は膨らまないと思うんです。その点、ナイチンゲールという人物は「神に仕えよ」という不思議な天啓を受けていて、最初から人を超えたような感じのテンションだった。ですが、それだけではなくて、ちゃんとその天啓を全うできない自分への葛藤もあり、非常に描きやすかったんです。

野木

実は、私が手掛けた「アンナチュラル」という法医学ドラマのヒロインの精神が「絶望する暇があったら飯食って寝るかな」だったんです。今回ナイチンゲールが「絶望したら殺してくれ」という設定で、読みながら「すごく近い!」と嬉しくなりました。

藤田

なるほど、フロー(ナイチンゲール)と同じ魂を持っているというか、諦めない女性なんですね。女性のキャラクターを描く時、自分は女性になりきっているから男の言うこと、やることに腹が立って仕方ないんですよ。「女は引っ込んでろ」とか言われたら――ここは少年漫画家として許してもらいたいんですけど――片っ端から男をやっつけてやるみたいな気持ちになる。「理想の女性のあり方」なんて崇高なテーマがあるわけではないんです。ただ彼女たちに心を重ねていったらおのずとフェミニズムとかシスターフッドとか、最近のテーマに乗ってしまったような感じ。

野木

それが自然にできているのがすごいと思います。

藤田

野木さんもグレイやフローを出して、彼らが社会からどういうふうに見られているのかを書きつつ、二人にちゃんと幸せになってもらいたいなと思って動かしていったら、きっとそうなると思いますよ。自分はテーマを先に持ってくると失敗すると思っているんで。

野木

分かります! テーマがあって悪いわけじゃないんですけどね。テーマ主義はほんと小さくまとまってしまうというか。

藤田

テーマは接着剤のようなもの。ないと空中分解してしまいます。「黒博物館 ゴーストアンドレディ」もゴーストのグレイとナイチンゲールの生きざまを描いていった結果、二人が寄り添う形になっただけで愛情をテーマにしていたわけではないんです。でも、ミュージカル化にあたってナイチンゲールが生きた時代の看護医療体制がどうだとかではなく、愛を中心に持ってこられたのは正しいと思います。

野木

舞台を作られる方々が藤田先生の原作漫画を読み、そこを感じ取ったということですね。

藤田

そう、演出のスコット(・シュワルツ)さんなり脚本の高橋さんが感じ取った物語がどんなミュージカルに仕上がるのか興味津々です。いや~、アニメやドラマを通り越してミュージカルですよ。夢にも思いませんでした。自分の描いたものを生身の人が演じてくれて、おまけに音楽や踊りまでついてくる。漫画家にとって憧れですよ。願わくば、鼻歌で歌えるようないい曲がつくといいなと。そういうミュージカルのミュージカルらしいところをすごく楽しみにしています。あと、それぞれのキャラクターに対する解釈。これまでは、解釈は自分だけに託されていた。そこに演出家さんや役者さんの解釈がプラスされるんでしょ? 「ボブってそんな口調で喋るんだ」とか「フローはここで叫ぶんじゃなく呟くのね」とかいうのも含めて全部興味あります。なんせ今まで作者だから「あんたが正解」とちやほやされていたわけなので(笑)。各キャラクターにどんなふうに新たな息吹が吹き込まれるのかワクワクしています。

見て面白かったら奇跡

藤田

作家って自分の名前じゃなく、作品の名前を残すことがある種の使命じゃないですか。極端にいえば、作品の名前さえ残ればどんなジャンルのものになってもいいとさえ思っているんです。自作が別ジャンルの「原作」になる場合は、自分の子どもが成長し巣立っていくのを見送るみたいに、寂しく思いつつも許せるっていうのがいいかもしれませんね。

野木

私も藤田先生の漫画を実写化してみたいですが、予算が膨大になる作品ばかりですよね(笑)。技術的にはようやく今ならできるかもなとは思いつつ。

藤田

漫画を実写に置き換えた時、ちゃんと面白ければ自分は満足なんですよ。一番重要なのは、そのキャラクターがどう生きたか、物語が泣けたかっていうこと。大金かけて画面をそのまま再現したって、自分は喜びません。見て面白かったらそれが奇跡なんです。野木さんにやってもらえるんだったら紙芝居でもいいですよ。

野木

私を含め、ファンの皆さんは紙芝居じゃないちゃんとしたものを見たいと思っていますよ(笑)。

藤田

やっぱり脚本ってすごく重要で。この流れだとまた高橋知伽江さんにプレッシャーをかける形になるんですけど......(笑)、漫画をそのまんま表現しようとしなくても、自分が描いた漫画の登場人物がどう生きたか、どう変化していったかをちゃんと物語に落とし込んでくれていれば、どんな演出だろうと、どんな解釈だろうと自分も自分の漫画を読んで好いてくれている人たちも満足すると思います。

野木

やっぱり漫画は漫画としてベストな形で描かれているものであって、それをそのまま別の媒体でやったって成立しませんよね。その媒体に合った形にするしかない。今回のミュージカルがどんな形になっているのか、とても楽しみです。

藤田

漫画家にとって連載が終わっている作品ですから、おっしゃるとおり、どういう形に料理されるのか、相当興味がありますねぇ。ミュージカルですもん、劇団四季ですもん。期待するしかないじゃないですか。自分としては今、一番いい状態で待たされています。劇団四季さん、よろしくお願いいたします! (笑)

藤田和日郎

北海道旭川市出身。1988年、「少年サンデー増刊号」の「連絡船奇譚」でデビュー。
「少年サンデー」に連載された「うしおととら」で91年に第37回小学館漫画賞、97年に星雲賞コミック部門受賞。
ダイナミックかつスピーディー、個性的ながらエンターテインメントに徹したその作風で、幅広い読者を魅了し続けている。
代表作に「うしおととら」 「からくりサーカス」 「月光条例」 「双亡亭壊すべし」 がある。
「モーニング」(講談社刊)の「黒博物館」シリーズは、初の小学館以外の雑誌での連載となった。シリーズ最新作『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』が2023年9月に完結。

野木亜紀子

脚本家。主な脚色作品にドラマ「重版出来!」「逃げるは恥だが役に立つ」、映画「アイアムアヒーロー」「罪の声」 「カラオケ行こ!」など。オリジナル作品にドラマ「アンナチュラル」「獣になれない私たち」「コタキ兄弟と四苦八苦」 「MIU404」 「フェンス」 など。「アンナチュラル」「MIU404」の続編にあたる 映画「ラストマイル」が今夏公開予定。

インタビュー=兵藤あおみ

兵藤あおみ(ひょうどうあおみ)
駒澤短期大学英文科を卒業後、映像分野、飲食業界を経て、2005年7月に演劇情報誌「シアターガイド」編集部に入社。2016年4月末に退社するまで、主に海外の演劇情報の収集・配信に従事していた。現在はフリーの編集者・ライターとして活動。コロナ禍前は定期的にNYを訪れ、ブロードウェイの新作をチェックするのをライフワークとしていた。