音楽スーパーバイザー・編曲 ニック・フィンロウ氏 インタビュー

※記事は「四季の会」会報誌「ラ・アルプ」2025年11月号に掲載されたものです

Photo by 荒井 健

2024年1月にあざみ野で実施された『バック・トゥ・ザ・フューチャー(以下BTTF)』のオーディションは興味深いものでした。なぜなら参加俳優たちの歌唱力のレベルがとても高く、驚異的で。とてつもなく忙しい8日間でしたが、見ていて本当に楽しかった!そして彼らの発する豊かな音色により、ショーのサウンドは大きく飛躍するだろうと確信できました。

ただ同時に課題も一つ見つかりました。近年ウエストエンドやブロードウェイで上演されるショーの多くがそうであるように、この『BTTF』もポップスやロックなどコンテンポラリーミュージックで作られています。その点、伝統的というか......"正統派"の歌唱を得意とする劇団四季の俳優たちは自身が考える以上に現代的なサウンドを出すように努めなければいけないなと。稽古期間中は特にビブラートを少なくすること、声を前に出すこと――いわゆるトゥワング(鼻腔(びくう)に響かせるような音)――について俳優たちとよく話し合いました。彼らにとっては新しい試みばかりだったと思いますが、それぞれ自分の歌に対して集中して取り組んでくれたと思います。今では歌い手としての"新しい武器"を手に入れ、自信にもなっているのではないでしょうか。

俳優たちの素晴らしい声を最大限に引き出すのが、音楽スーパーバイザーという仕事の醍醐味(だいごみ)です。とはいえ、歌い手がちゃんとした技術を身につけていなければ、歌声の洗練を臨めません。私はよくそのベースとなる技術をコート掛けに例えます。しっかりとしたコート掛けなら、冬物の重いコートやらカバンやら帽子やら......同時にいろいろなものを引っかけてもグラつかないでしょう?それは歌唱技術にもいえることで、ベースさえちゃんとしていればスタイル、音色、ビブラートの有無、高い音に忠実にアクセスする方法など、後からどんどん身につけられるのです。とにかく技術が大事。その点、オーディションで出会った四季の俳優たちは誰もがよくトレーニングされていて、見ていて安心でした。

『BTTF』は音楽面でとても恵まれているといえます。ロックソングでオープニングを飾って以降、主人公のマーティがタイムトラベルした先で歌われる「CAKE」では50年代の雰囲気をたっぷりと披露し、85年に帰るアイデアを発見した時に歌う「FUTURE BOY」では伝統的なブロードウェイスタイル、そしてクライマックスの時計台(クロックタワー)のシーンではクラシカルな歌い方と、実に多様なスタイルの音楽が網羅されていてとにかく楽しい。アレンジするうえではそれぞれの曲のスタイルをきちんと表現しようと心掛けました。

とはいえ、楽曲を手掛けたのはアラン・シルヴェストリとグレン・バラードという二人の巨匠ですから。彼らからもらった曲自体が力を持っていたので、私はその力がそのまま観客に届くようにアレンジすればよかった。例えばドクがタイムマシンの発明について語る「IT WORKS」はボーカルアレンジを加えただけで、ほとんど手を加えていません。最初から力強くシーンにぴったりと合っていて、完璧だったのです。いろいろなスタイルの曲がそろっているからこそ、おのおのが物語やシーンの中できちんと収まるかどうかは意識していました。もちろん、「FUTURE BOY」のように曲によっては紆余曲折(うよきょくせつ)があったものもあります。あの曲はもともとポップソングとして書かれていました。それも"ど"が付くほどのストレートなポップソングでね。最初のワークショップで聴いた時、演出のジョン・ランドと顔を見合わせて「この曲をどうする?」「もっとシーンを盛り上げる曲にする必要がある」と話したのを覚えています。そしてジョンから「ブロードウェイスタイルにしよう」と提案されたのです。結果、ドクがダンサーたちと華やかに歌い踊り、終盤現実に戻ると同時に曲が崩壊するといったようになりました。そんなふうにアレンジによって曲のスタイルそのものが変わったパターンもあります。アランとグレンは終始、私に楽曲をそのまま預けてくれました。彼らから寄せられた大きな信頼にとても感謝しています。

当時も今も『BTTF』の創作プロセスは本当に恵まれたもので「幸せ」の一言に尽きます。四季の俳優たちとの稽古も本当に楽しかった!私にとってのハイライトの一つは稽古初日の読み合わせです。イギリスやアメリカでは稽古初日に俳優たちはまっさらな状態でやって来て、私たちスタッフからショーについて教わるところから始まります。そのつもりで劇団四季の稽古場に足を踏み入れたら、本番さながらの読み合わせが披露されたのです。それもキャスト違いで2回も。本当に心温まる、感動的な体験で日本公演への大きな期待へとつながりました。

そして、その期待は裏切られなかったといえます。俳優たちは一人ひとり、素晴らしいエネルギーをもって稽古に取り組んでくれました。同時に2チームに稽古をつけるのは初めてでしたが、同じ役を担う二人の俳優が互いにオープンな姿勢で稽古に臨み、互いから何かを学んでいるのが見られるなど、とてもユニークな経験となりました。もちろん劇団内で競争もあるでしょう。それでもエゴを表に出さず、互いに支え合い、励まし合い、才能をはぐくみ合っている。その姿に感銘を受けました。でも、頑張りすぎはいけない! 私が俳優たちとの稽古後にオーケストラのリハーサルを行い、夜9時過ぎに帰ろうとカバンを取りに稽古場に立ち寄ったら、まだ稽古している人がいるんですよ。さすがに「帰れーーー!」と叫びました(笑)。作品への彼らの献身には頭が下がります。

私たちはやるべきことをすべてやり、万全の状態で東京公演の幕を明けられたと思います。もちろん舞台は生ものですから、今後も作品をより良くするための微調整が続いていくでしょう。日本のお客様が『BTTF』と楽しい時間を過ごせるように祈っています。エンディングの「THE POWER OF LOVE」ではぜひキャストと一緒に盛り上がってくださいね。

文=兵藤あおみ

兵藤あおみ(ひょうどうあおみ)
駒澤短期大学英文科を卒業後、映像分野、飲食業界を経て、2005年7月に演劇情報誌「シアターガイド」編集部に入社。2016年4月末に退社するまで、主に海外の演劇情報の収集・配信に従事していた。現在はフリーの編集者・ライターとして活動。コロナ禍前は定期的にNYを訪れ、ブロードウェイの新作をチェックするのをライフワークとしていた。