演出 ジョン・ランド氏 インタビュー

※記事は「四季の会」会報誌「ラ・アルプ」2025年6月号に掲載されたものです

Photo by 阿部章仁

プロデューサーのコリン・イングラムから「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(以下、BTTF)をミュージカル化しようという動きがあると聞いた時、すごく魅力的な企画だと思いました。まず「BTTF」は家族の物語であること。しかもその家族は機能不全で、父親は上司の言いなりで、息子に対しては「事なかれ主義でいなよ」的な態度でいるし、母親はアルコール依存症なんです。対する息子マーティにはバンドをやりたいといった夢や、父親を情けないと思う気持ちがあり、すれ違いが生じている。そんな中、ひょんなことから過去にタイムトラベルしたマーティが何かを成し遂げようとします。そして、何かを成し遂げるのはマーティだけではありません。キャラクターそれぞれに旅路があり、越えなければいけないハードルもある。「これはミュージカル化に値するな」と思いました。越えなければいけないハードルが高ければ高いほど、歌わずにはいられないので。また、歌を用いることによって、キャラクターの内面の動きだったり感情のうねりだったり、あるいはその人が何を必死に求めているかだったりをより深掘りし、観客に伝えることができますから。

さらに「BTTF」では80年代と50年代という二つの現実世界が描かれ、その両方でマーティがいろいろなことに気付いていきます。例えば父親のジョージといじめっ子のビフの関係や厳格な教師ストリックランドのルーティンなど、30年前からずっと続いていたのかと。それをマーティの視点を通して観客も知ることになる。「過去と未来がこう共鳴していくのか」と。本作でいえばこの構成が非常に大事で、物語をよりウェルメイドなものにしていると思います。あと、どんなミュージカルでもしっかりとした悪役理念が必要で。本作には、かなり典型的ないじめっ子のビフが敵役として登場します。コメディータッチでありながらも、いじめられた側が生涯にわたり抱えるトラウマなど、考えるべきテーマもはらんでいる。そんなしっかりとした物語に惹かれました。

実際ミュージカル化するにあたり、クリエイター陣には「80年代と50年代、その両方とものロックンロールのスタイルをちゃんと生かそう」と伝えました。加えて「作品全体の中でどちらかというと50年代の比重が大きいから、50年代のアメリカのミュージカルで使われていた構成方法を用いたらどうか」とも提案したんです。当時のミュージカルにはいくつかお約束事みたいなものがあって。例えば、全部うまくいきそうだとワクワク感が最高潮になったところでしっちゃかめっちゃかになり、そこで休憩になるとか。続く2幕も、幕開けにふさわしい楽しい立ち上がりなのだけれど、その楽しさが物語の筋にはあまり関係がないといった感じ。いわゆる"古典的"な手法ですね。論より証拠で、舞台をご覧いただけたらわかると思います(笑)。あとはスペクタクルですね。舞台の技術自体はどんどん進化していて、私が制作に参加した7年前にはできなかったことが今はできるようになっている。そのハイテクぶりは目を見張るものがあります。デロリアンの動き一つとっても、いかに理想を実現していくのかという課題に胸を躍らせっぱなしのアドベンチャーでした。

キャスティングでいえば、映画で主演を務めたマイケル・J・フォックス(マーティ)とクリストファー・ロイド(ドク)が本当に素晴らしく、シナジー効果もあった。ある種80年代のハリウッドを象徴するかのようなコンビでしたよね。それを舞台で再現するために「マーティとドクの人間性とは?」というようなところから考えました。例えばドクならば、独自の人生を生きている発明家でユーモアの感覚があるような人物でなければいけない。対してマーティは自信家でちょっと傲慢でもある。それを嫌みなく体現するためには魅力的で人好きのするタイプで、さらに1週間の公演、いっぱい歌うことができる人を起用する必要がありました。実は主題歌である「THE POWER OF LOVE」は聴いているぶんには簡単そうですが、とても歌いにくい曲なんです。あの音域をキープしつつ演技もするとなるとかなり大変。特にチャレンジングなキャスティングだったといえます。その点、今東京でマーティを演じてくれている二人はともにカリスマティックかつチャーミングで、ちゃんとロックテイストも出してくれていて、素晴らしいです。

稽古場では俳優たち一人ひとりが「何かを発見しよう」「何かを作り出そう」と懸命に努めてくれていたのが印象的でした。しかも常にハッピーで楽しみながら。そうしたキャストそれぞれの姿勢や想いが、とても面白く心温まるこのミュージカルの感情面を、より高みへと押し上げてくれていると思います。またキャストの誰もが「毎日この舞台に立ちたい」と思ってくれている。その熱意が「『BTTF』を観たい」という観客の想いにもつながっていくんじゃないでしょうか。一つの舞台を作り出すというのは生半可ではいかない、大変なこと。でも関わったキャストやスタッフ、そして劇場に詰めかけた大勢の観客と喜びや驚き、そして感動を分かち合える瞬間があるから報われます。舞台を作るという狂気に対しての私のメソッドは"楽しむこと"にあります。(談)

文=兵藤あおみ

兵藤あおみ(ひょうどうあおみ)
駒澤短期大学英文科を卒業後、映像分野、飲食業界を経て、2005年7月に演劇情報誌「シアターガイド」編集部に入社。2016年4月末に退社するまで、主に海外の演劇情報の収集・配信に従事していた。現在はフリーの編集者・ライターとして活動。コロナ禍前は定期的にNYを訪れ、ブロードウェイの新作をチェックするのをライフワークとしていた。