※記事は「四季の会」会報誌「ラ・アルプ」2025年10月号に掲載されたものです
Photo by 阿部章仁
プロデューサーのコリン・イングラムとの打ち合わせで『バック・トゥ・ザ・フューチャー(以下、BTTF)』をミュージカル化するというアイデアを聞かされた時、とても興奮したのと同時に興味を引かれました。そして、まだ詳細が分かっていない状態で「やるよ!」と即答していました(笑)。原作は誰もが知っている大ヒット映画ですよね。僕も子どもの頃に3部作全部を観ていて、ファンでした。特にパート1の冒頭のシーンが大好きで。主人公のマーティが大きなアンプの前でギターを弾こうとしたら吹っ飛ばされて、部屋中のものがバタバタと落下してきてっていうところとか、ジープにつかまってスケートボードで街中を駆け抜けるところとか......それらがフックとなって終始ワクワクが止まらなかったのを覚えています。とにかくマーティがすごく格好良く見えました。
振付家の僕にとって「BTTF」を舞台化する過程のすべてが挑戦で、すべてが楽しかったです。場面もそこに関わる人もどんどん変わる作品で、もちろん出てくる人たちの性格もそれぞれ違います。例えば町の広場のナンバーが二つ出てくるのですが、観ていて似ていると思うかもしれませんが、どちらかは80年代でどちらかは50年代とその時代の雰囲気がちゃんと出ていて、違いがあります。なんとなく似ているのはその二つのシーンだけで、あとはスイングダンス、ロケット(ライン)ダンス、チアリーディング的なもの、ロボットっぽい動きなど、とにかくさまざまなスタイルが登場します。
振付をしていて一番やりがいを感じたのは2幕に出てくる「魅惑の深海パーティ」のシーンです。あそこ以外は町の広場やダイナー、学校などで人が歌ったり踊ったりするのですが、あれってリアルではない。演劇的な、マジカルな空間で描かれるファンタジーナンバーといえます。でも「魅惑の深海パーティ」ではダンスフロアがあってバンドマンがいて、そこにいる人たちはその時代の音楽に合わせて踊っている。観客の中に若い頃にスイングダンスをやっていたとか今もやっているという人がいたとしても、「これは本物だ」と懐かしんだり親しんだりしてもらえるように特に慎重に描く必要があり、しっかりとリサーチをして振付に臨みました。スイングダンスってすごく自由で魅力にあふれていて、見ごたえがありますよね。おまけにリフトをいっぱい繰り出せる点でもあのシーンがお気に入りなんです。僕、リフトが大好きなので!
東京公演は僕らスタッフにとって5度目の『BTTF』の立ち上げになりました。劇団という環境で仕事をするのは初めてでしたが、カンパニー全体で互いへの気配りができていてとても居心地がよく、楽しんで作業ができました。また、自分の最善の状態を目指し、常にそこを追求する四季の俳優たちからは日々インスピレーションをもらっていました。高いスキルと志を持った彼らが良い演技やアイデアを次々と出してくれたおかげで、プロダクションは大きく進化できたといえます。
四季の俳優たちにはとにかく個性を出すように求めました。例えば、皆が同じ衣裳をまとって踊るロケットダンスでは隣の人とまったく同じ動きや雰囲気が求められます。全員が同じ言語で語っていますよと、ビシッとそろっていてほしいので。でも日常のシーンではそれじゃ困る。だって、僕らが実際に街中を歩いていたらすれ違う誰もがバラバラの服装で違うことをしているでしょ。そういう世界を舞台でも表現しないと。あと、俳優のみんなには自分のスキルを見せびらかしてほしいですしね。そういうわけで冒頭の広場のシーンでは、ブレイクダンスをするとか、ベンチの上で何度もピルエットを回るとか、はたまたベンチから前転で降りるとか、自分の長所や人と違うところを思い思いに披露してもらいました。僕自身、新しいものを探すのが大好きだから「何かやってみて!」と俳優たちをけしかけちゃった。そうやって俳優個人の中から出てきたスキルやステップは舞台に鮮やかな色を添えるし、作品に深みやインパクトを与えてくれる。
ほかの具体例でいえば、「THE POWER OF LOVE」とかかな。ブルーノ・マーズ風のホーンセクションやアレサ・フランクリン風のバックコーラスが出てくるのですが、めちゃくちゃ個性がさく裂していてクールなんです。あと前述の「魅惑の深海パーティ」ではスイングダンスを踊るカップルによってスタイルもグルーヴ感もリフトも違う。とにかくどのシーンを切り取っても異なる強み、異なる感覚を持つ素晴らしい俳優たちの才能を反映しています。"ケネディ"と"レーガン"の2チームに分けて稽古をしましたがどちらも独特のユニークさを持っていて、決してコピーではありません。もちろん観ていてここは同じだなというところはありますが、所どころに小さな宝石が散りばめられているというか。世界中でここ東京だけでしか観られないものになっています。観客の皆さんにはぜひ俳優一人ひとりに目を配っていただきたい。きっと何回舞台を観たとしても、毎回違いや新しさを見つけられてとても楽しいと思いますよ。
コロナ禍以降、日常のあれこれを忘れて純粋に楽しむだけの時間を欲している方が大勢いらっしゃるのではないでしょうか。そんな現実逃避したい時にうってつけの空間が、この『BTTF』。とにかくスケールが大きく、豪華絢爛(けんらん)な舞台に仕上がっています。「これぞ演劇」という、シンプルで純粋な部分を存分に味わっていただけるはずです。日本の皆さんがこの作品をどう受け取ってくれるか......四季経由でフィードバックを受け取るのが楽しみです。願わくば「素晴らしい!」というようなポジティブな感想をもらえると嬉(うれ)しいです。
文=兵藤あおみ
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