
※記事は「四季の会」会報誌「ラ・アルプ」2025年12月号に掲載されたものです
Photo by 阿部章仁
これまでも映画を基にした舞台を多数手掛けてきましたが、この『バック・トゥ・ザ・フューチャー(以下BTTF)』は特にチャレンジングなものになりました。例えばタイムマシンのデロリアンを時速88マイル(約140キロ)で走っているように見せるイリュージョンを映像で作らなければいけないとか。私はひそかに、そのイリュージョン次第で本作の成功か失敗かが決まると考えていました。さらに、全編を通して根強く熱心なファン層――それもすごく知識豊富で劇中のあらゆる瞬間やイースターエッグ(隠し要素)を知り尽くしている――を納得させなければいけなかった。プレッシャー大でしたね(苦笑)。とにかくやってみようという気持ちで臨みました。
制作中は大変なこともありましたが、楽しかったことのほうが多かったです。それもすべて一緒に舞台を作り上げた人たちのおかげ。特に演出家のジョン・ランドやデザイナーのティム・ハトリーとのコラボレーションはとてもオープンかつ流動的で心躍るものでした。私たちは劇場に入るまでに綿密な話し合いをたくさん重ね、テストやワークショップを何度も行い、さまざまなアイデアを試すことができたんです。そのため、劇場に入った時点で映像はほとんど仕上がっている状態でした。本当にいい環境で仕事ができたといえます。だって、劇場でのリハーサル中に大勢の人からのプレッシャーを受けながら新たなアイデアなんてそう簡単にひねり出せませんからね。私たちはそんな苦労をする必要はなく、ただただその場にあるものをよりブラッシュアップすることに専念すればよかった。とてもうまく構造化されたプロセスを経て、劇場にたどり着けたといえます。
映像――連動する舞台装置や照明などのデザインも合わせて――の見どころを挙げるとすれば、舞台となる2つの時代、1985年と1955年とではっきりとイメージが分かれるように仕上げているところでしょうか。前者では暗く陰鬱な色で重たい雰囲気を醸し出し、後者では明るい色を積極的に用い、快活で心地のよい、完璧な世界観を出したつもりです。なぜ2つの時代をそうはっきりと区別したかというと、50年代ではドクが可能性に満ちた未来を思い描くように、人々は科学が自分たちの生活を豊かにしてくれる、そんな明るい未来が待っていると信じていた。しかし、80年代になってみると逆に科学が自分たちの生活を脅かすのではと懸念するようになり、ゆめゆめしいサイエンスフィクション(SF)がただの神話だったと気付き始めた。『BTTF』は単なる娯楽作品ではなく、SFの歴史やSFそのものを視覚的に語るという側面もあるのです。舞台では底抜けにハッピーなエンディングが描かれますが、実際の80年代はとても暗かったのだというのが少しでも伝わればなと。時代の流れの中で暗い時期や部分というのは確実に存在するものですからね。
あとスピード感も重要でした。先ほどもお話ししたように、時速88マイルのイリュージョンが実現できなければ舞台中盤で失速してしまう。場面がパッパッと切り替わる映画が原作だからこそ、よりスムーズな場面転換が必要で。それをミュージカルで再現するためにもスピード感やリズム感、そして観客を飽きさせない仕掛けの数々に心を砕きました。そのうえで滑らかな舞台進行を行う。本作は短いシーンが多いので、常に動き続け、転がり続け、流れ続けているという感じ。そのぶんキュー(きっかけ)も多いのですが、劇団四季の皆さんはショーをスムーズに進行してくださっています。来日してすぐに拝見した通し稽古が本番さながらの出来で。映像の色味を微調整する以外、改善点を挙げる必要がありませんでした。素晴らしい仕事ぶりだといえます。
舞台技術は日々進化していて、映像もその例に漏れず。本作でも最新技術を用いています。その一つが"リアルタイムソフトウェア"。例えば舞台上に日時を表示しようとした場合、これまでは前もって用意した映像を流すだけでした。しかし今は、プログラム次第で日時などリアルタイムの情報を即座に反映できる。それも大容量を高速で。なので、観客の皆さんも目の前のスクリーンに映し出されるあれこれを注意深くご覧になっていれば、その最新技術の効果を実感できるはずです。一公演ごとに観る人の体験に合わせた、特別な仕掛けになっていますよ。
私は『BTTF』の上の階、[春]劇場で上演されている『アナと雪の女王』の映像も手掛けています。自国から遠く離れた国で自分がかかわった2つのショーが同じ建物内で上演されているなんて、まったく驚くべきことです。どちらのショーもセットや衣裳などのクオリティーが抜群で、ここだけの話、世界で最も優れているといえます。特に『BTTF』が上演されている劇場は、客席にせり出しているサーキットボードの角度がちょうどよく観客を包み込むような構造になっていて、座った時によりどっぷりと没入感を味わえるでしょう。ぜひ観客の皆さんも最高の居心地の中、ショーを楽しんでください。
文=兵藤あおみ
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