イリュージョン クリス・フィッシャー氏 インタビュー

※記事は「四季の会」会報誌「ラ・アルプ」2026年1月号に掲載されたものです

Photo by 阿部章仁

マジックには手の器用さを用いて行う"スライハンド"と呼ばれるトリックがあります。お客さんの面前で手にしたコインを一瞬に消してしまうようなね。通常そういったトリックではお客さんの視線を散らすような工夫を行います。私はそれをもっと大きなステージでやっているだけ。もちろん、現代的なイリュージョンやハイテクノロジーも取り入れていますが、テクニック自体は古き良き時代のままなんです。そして演劇におけるイリュージョンやマジックの役割は、舞台上でトリックを披露するというだけではありません。物語を盛り上げ、作品自体をより良く見せるために、一つの場面にもさまざまなイリュージョンを盛り込んでいます。

この『バック・トゥ・ザ・フューチャー(以下BTTF)』で私が手掛けた一番大きなイリュージョンといえば、やはりデロリアンの登場シーン。ご覧になった皆さんは驚いてくれたでしょうか。あのシーンは装置・衣裳担当のティム・ハトリーのスタジオに集まった各部門のデザイナーたちが、ボール紙で作成した模型のデロリアンを動かしながら「何ができるか」を模索し、とにかくたくさんのバージョンを試し、そしてインパクトの得られる最高の案を採用した結果です。私にとって重要だったのは、デロリアンが出現する場所の前をスケートボードに乗ったマーティが通り過ぎるという動きでした。これはよくマジシャンが空の箱を入念にお客さんに見せて「中には何も入っていませんよね?」と確認をとってから「あら不思議!こんなものが出てきましたよ」と箱の中から物を取り出すようなものです。マーティを使ってそこに何もないよと言っているんです。加えて、デロリアンの動きも重要で。装置や照明、音響など各セクションの技術や英知を結集し、作り上げました。あのシーン一つとっても素晴らしいビジュアルに仕上げられたと思っています。あとデロリアンを使った最後のシーンにも自信があります。

イリュージョニストとしてあまりネタバレをしたくないので詳細は控えますが、「さっきまでここにいた人があんなところに移動している」みたいな箇所がいくつかあります。『BTTF』はタイムマシンに乗った主人公が過去に行ってまた現代に戻ってくるなど、不可能が可能になるような要素がふんだんに盛り込まれていますよね。シリアスなミュージカルなら手の中に突然花が現れるという演出が浮いてしまうかもしれないけれど、『BTTF』ならば随所でクレイジーな試みができる。プラットフォームとして魅力的で、通常できないようなイリュージョンに挑戦できたと思っています。

とはいえ、イリュージョンは公演を行うキャストやスタッフの手にかかっています。みんなが割り振られた一つひとつのパートにフィットし、タイミングを逃さずに決められた段取りをこなしていかなければいけません。それが本当に大変で。そしてその大変さをお客さんに微塵(みじん)も感じさせずに自然とやり遂げなければいけない。その点、日本のキャストの皆さんは本当に素晴らしかったです。献身的に稽古に励み、段取りをちゃんと身につけてくれましたし、舞台上でも難なくこなしてくれています。逆にうますぎてどうしよう!?ということがあったくらい(笑)。というのも、1幕の最後「SOMETHING ABOUT THAT BOY」のナンバーで、ビフが投げたナイフをマーティとジョージが1本ずつ受け止めるシーンがあるのですが、たまたま本番を見ていたらあまりにスムーズすぎて少し間を埋めないとシーンが成立しないと気付いた。すぐに動きを一つ追加し、ちょうどよくなるように調整しました。

マジックに限らず、どんなショーでも公演を重ねていくうちにパフォーマーは落ち着いて演技ができるようになると思います。当初慌ただしく感じていた動きや言葉遣いが自然になるのは良い面ではあります。でも、段取りを身体に落とし込んでそれをこなすだけで終わってしまってはいけない。先ほどのナイフの話にしても、ナイフを突きつけられたマーティやジョージの「どうしよう?」といった緊迫感がちゃんと表現できなければ。シーンの鋭さを保つために、マジックにもピンポイントの正確さが求められるのです。もちろん、舞台は生ものなので時にはうまくいかないこともあります。よく俳優たちに言うんです。「お客さんはそこで何が起こるかを知らないから、間違ったと気付いてもシレ~ッと演技を続ければいい」と。普通のマジックショーならトリックを一つ披露したらお客さんの驚きと拍手をもらう束の間がある。でも舞台では次から次へとシーンが展開するので、お客さんに「あれ、今何が起こったんだろう?」と考えさせる時間を与えない。すなわちトリックもどんどん繰り出していかなければいけないんです。まさしくショー・マスト・ゴー・オンですね。でもご安心ください。万が一に備え、キャストやスタッフには「もしもの時にはこうしてね」という指示を出してあります。

幸運なことに、来日中に自分がかかわった『BTTF』と『ゴースト&レディ』の2作品を日本のお客さんと一緒に鑑賞することができました。『BTTF』ではクライマックスのクロックタワー(時計台)のシーンでは映画さながらのスペクタクルが炸裂(さくれつ)するんですが、私の後ろの席に座っていた男性客が「すごい!」と声を上げていて。心の中でガッツポーズを作ってしまいました。そして『ゴースト&レディ』では多くのお客さんが泣くほど感動してくださっていたのが印象的でした。どちらのショーでもお客さんが一瞬一瞬を純粋に楽しんでいる姿がうかがえ、嬉しかったです。そうしたお客さんの良いリアクションが「自分の仕事をちゃんと全うできた」という私の誇りにつながっていきます。

文=兵藤あおみ

兵藤あおみ(ひょうどうあおみ)
駒澤短期大学英文科を卒業後、映像分野、飲食業界を経て、2005年7月に演劇情報誌「シアターガイド」編集部に入社。2016年4月末に退社するまで、主に海外の演劇情報の収集・配信に従事していた。現在はフリーの編集者・ライターとして活動。コロナ禍前は定期的にNYを訪れ、ブロードウェイの新作をチェックするのをライフワークとしていた。